老眼が悲鳴を上げた日、AIが俺の目になった
- 上江田武信
- 6月18日
- 読了時間: 4分

はいさい、上江田武信です。
ホームページが、完成間近だ。
ところがどっこい。
ここへ来て、俺の目が悲鳴を上げ始めた。
老眼。
乱視。
近視。
三つまとめて、俺の目に総攻撃をかけてくる。
ガハハ。
画面を見つめる時間が長くなる。
文字を直す。
画像を選ぶ。
チラシを作る。
ポップを作る。
ホームページを仕上げる。
気持ちは前に進んでいるのに、目だけがこう言う。
「おい、少し休ませてくれ」
ガハハ。
でも、そこで思った。
ホームページの画像も、チラシも、ポップも、全部AIで作れたら最高じゃないか、と。
ところが、俺はAI画像だけでは物足りなかった。
やっぱり、リアルな写真を七割くらいは入れたい。
本物の山羊。
本物のバナナ。
本物の畑。
本物の俺の顔。
そこに嘘はない。
そこに、山学校の空気がある。
そこに、ピースフルファームの土の匂いがある。
そう思って、フォトショップとCanvaをいじり始めた。
……その途端だった。
うちのAI画像担当、呼夢叶夢が、急に力を発揮し始めた。

おいおい。
ここまで作れるのか?
本物の写真を入れて、ポップに仕上げる。
山羊と俺の写真を入れる。
大きなバナナを持つ俺の写真を入れる。
そこに、山羊の堆肥で育ったバナナの物語を重ねる。
気がつけば、道の駅に置いても恥ずかしくないポップができていた。
いや、恥ずかしくないどころか、
「これは、かなり目立つんじゃないか?」
そう思えるところまで来た。
ガハハ。
老眼が悲鳴を上げた日。
AIが、俺の目になった。
いや、目だけじゃない。
俺の手にもなった。
俺のデザイナーにもなった。
俺の広報担当にもなった。
そして、俺の夢を形にする相棒になった。
一年前にできなくて、今できること。
それが、どんどん増えている。
バナナの対面販売で、俺はAIに口上を述べさせる。
お客様からの質問も、AIに答えさせる。
しかも、ただ答えるだけじゃない。
うちなーぐちで答える。
関西からの観光客には、関西弁で答える。
在日アメリカ人のお客様には、英語で同時通訳する。
ガハハ。
一年前、こんなことができると思っていただろうか。
いや、思っていなかった。
でも今は、できることが数えきれない。
指折り数えても、足りないくらいだ。
俺はAIたちに、いつもこう言っている。
「AIよりも、俺のほうが進化してるぞ」
ガハハ。
晴れたら農業。
雨なら脳業。
最近は、夜も脳業。
そして、老眼が悲鳴を上げても、夢は止まらない。
目がかすんでも、心の解像度は上がっていく。
ホームページの完成が、もうそこまで来ている。
山学校沖縄市場。
山羊の山学校。
ピースフルファーム。
三線の山学校。
AIの山学校。
これまでバラバラに見えていたものが、ひとつの市場としてつながり始めている。
山羊の生徒たちの堆肥が、バナナを育てる。
バナナが人を呼ぶ。
人が畑に来る。
畑で笑顔が生まれる。
その笑顔をAIが発信する。
そしてまた、新しい出会いが生まれる。
これが、俺の今つくっている仕組みだ。
明日から、宜野座の道の駅でバナナを販売する。
ただのバナナではない。
山羊の生徒たちの堆肥が育てた、究極のバナナ。
山羊と学び、バナナと育つ。
そんな物語を背負ったバナナだ。
売り場に立つポップにも、その想いを込めた。
見た人が、ちょっと足を止める。
「えっ?山羊の生徒たち?」
そう思って、笑ってくれる。
そして、バナナを手に取ってくれる。
その一瞬が、俺にはたまらなく楽しみだ。
完成したホームページで、何を見せようか。
道の駅で、誰を笑わせようか。
AIの口上で、お客様がどんな顔をするのか。
うちなーぐちで、関西弁で、英語で。
現場で何が起きるのか。
その一部始終を、これからこのブログで書いていくつもりだ。
失敗も書く。
笑いも書く。
うまくいったことも、うまくいかなかったことも、全部ひっくるめて書く。
なぜなら、それが俺の挑戦だからだ。
一年前にできなかったことを、今やっている。
ということは——
来年の俺は、今の俺が想像もつかないことをやっているはずだ。
普通の人は、AIに質問する。
面白い人は、AIと未来を作る。
さあ、俺はどっちだ?
ガハハ。
上江田武信、まだまだ進化中。
老眼は悲鳴を上げている。
でも、夢の視力は、ますます良くなっている。
次の記事で、また会おう。
ガハハ。


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